ヘルスケアセクターETF(VHT)で分散投資を徹底したい
製薬企業は評価が難しい
HIRA (@Open_JP) と申します。今回の記事では、海外ETFのひとつ、セクターETFであるバンガード・米国ヘルスケア・セクターETF(VHT)について述べたいと思います。
個別のETFについて私が記事を書くことは少ないです。しかし、私自身が製薬業界に従事しておりますので、業界人の端くれとして現場の感覚を加味した上でレビューしてみたいと思います。
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バンガード・インベストメンツ・ジャパン株式会社
バンガード・米国ヘルスケア・セクター ETF (VHT)
2018年12月31日現在
VHTの概要
本題に入る前に、VHTについて再確認したいと思います。VHTは、海外ETFのひとつであり、ニューヨーク証券取引所に上場されている海外ETFのひとつです。よって買付は、各証券会社の海外株式の専用口座より行うこととなります。ベンチマーク | MSCI USインベスタブル・マーケット・ ヘルスケア 25/50 インデックス |
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経費率 | 0.10% |
配当スケジュール | 四半期毎 |
ETF純資産総額 | 83.02億米ドル |
ファンド純資産総額 | 95.26億米ドル |
設定日 | 2004年1月26日 |
ティッカー・シンボル | VHT |
上場取引所 | NYSE Arca |
ETF純資産総額は約9000億円($1=110円)と国内の主要なインデックス型の投資信託におけるマザーファンドを上回る規模です。その上、投資信託の信託報酬にあたる経費率はわずか0.10%。国産で同水準の金融商品はありません。本場アメリカならでは金融商品です。
VHTのベンチマークについて
連動対象(ベンチマーク)であるMSCI USインベスタブル・マーケット・ヘルスケア25/50インデックスは、米国のヘルスケア・セクター株式銘柄で構成されています。
このセクターは、ヘルスケア機器およびヘルスケア用品を製造する企業またはヘルスケア関連サービスを提供する企業、医薬品およびバイオテクノロジー製品の研究・開発・製造・マーケティングを主たる業務とする企業で構成されています。
大型株、中型株、小型株を含んでおり、対象セクター全体を幅広く網羅しています。その構成株式銘柄数は359銘柄、時価総額の中央値は809億米ドルとなっております。文字通り、米国のヘルスケア関連企業をまとめ買いできる ETF となっております。
VHTの産業サブグループ別の構成比
医薬品 | 30.7% |
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ヘルスケア機器 | 20.7 |
バイオテクノロジー | 19.6 |
管理健康医療 | 10.4 |
ライフサイエンス・ツール/サービス | 6.5 |
ヘルスケアサービス | 5.6 |
ヘルスケア用品 | 1.8 |
ヘルスケア・ディストリビュータ | 1.7 |
ヘルスケア施設 | 1.6 |
ヘルスケア・テクノロジー | 1.4 |
産業サブグループの上位は医薬品とバイオテクノロジーとなっております。実際には、バイオ医薬品を製造する企業がバイオテクノロジーに分類されていたり、医薬品に分類されている企業がバイオテクノロジーを用いて研究開発を行い、バイオ医薬品を製造販売していることは、周知の事実です。
約55%:医薬品
約20%:医療機器
約25%:その他
実際の事業内容からザックリ捉えるのがよろしいかと思います。
VHTの保有上位10銘柄
Johnson & Johnson | 9.2% | 製薬・医療機器 |
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Pfizer Inc. | 6.8 | 製薬 |
UnitedHealth Group Inc. | 6.3 | 医療保険・薬剤給付管理 |
Merck & Co. Inc. | 5.4 | 製薬 |
AbbVie Inc. | 3.7 | 製薬 |
Abbott Laboratories | 3.4 | 製薬 |
Amgen Inc. | 3.3 | 製薬 |
Medtronic plc | 3.2 | 医療機器 |
Eli Lilly & Co | 3.0 | 製薬 |
Thermo Fisher Scientific Inc | 2.4 | 科学機器・試薬 |
純資産総額に占める上位10銘柄の割合 | 46.7% |
右段カテゴリーは私が事業内容で分類し直したものです。世界のヘルスケアを支配できる陣容になっていると感じます。ヘルスケアは間違いなく米国の基幹産業です。
ここにある研究開発型の製薬メーカーは、バイオテクノロジーを駆使してバイオ医薬品を創製し、それらが稼ぎ頭になっている企業がほとんどです。
研究開発の全フェーズを自社で賄い、時には同業他社やベンチャーを企業買収して開発パイプラインを拡充し、エビデンス創出のための国際共同治験を連続的に実施できる資金源があり、高度なバイオ医薬品を大量生産できるプラント技術を持ち、迅速に承認取得から製造販売まで至るノウハウを持つ多国籍企業ばかりです。
バイオ医薬品については、別記事にまとめております。
買う前に学ぼう バイオ医薬品と市場
バイオ医薬品は、タンパク質や、哺乳類細胞、ウイルス、バクテリアなどの生物によって生産される物質に由来しています。バイオ医薬品は多様で特異的な標的を持つことから、多くの病気と幅広い患者集団へ最先端の治療を提供する新しい道を開きます。
出典:日本製薬工業協会
開発パイプラインは、研究開発型の製薬企業で使われる用語であり、新薬に結びつく開発中の医療用医薬品候補化合物(新薬候補)を指す。製薬企業にあっては、いかに豊富で強力な開発パイプラインを有するかが重要となる。
出典:Wikipediaより 改変作成
医薬品以外の企業について
医療機器を扱う2社、Johnson & Johnson と Medtronic plc も、私が担当している得意先の総合病院で必ず目にするなくてはならない企業です。いずれも世界売上シェアのTOP3に入り、医療機器市場で圧倒的な存在感を示しています。ちなみにもう1社はGEヘルスケア、GEの医療機器部門となっております(2017年)。UnitedHealth Group Inc. は異質な存在です。主な事業は医療保険で、米国最大手です。あわせてITを駆使した薬剤給付管理(Pharmacy Benefit Manager、PBM)を保有し、運営しています。医薬品の給付請求に対して、支給および支払の中心的責務を持つ事業です。
薬剤給付管理の事業を行う会社は、医学的知見や医療経済性に基づいたフォーミュラリー(推奨医薬品リスト)を作成・管理しております。日本のように医師が薬のブランドを決めるのではなく、フォーミュラリーに登録された推奨医薬品が給付されるのです。日本の調剤薬局ではジェネリック医薬品(後発医薬品)を窓口の薬剤師さんが薦めてくると思いますが、米国ではリストに組み込まれています。フォーミュラリーを武器に、自社の保険料の支払い額を減少させるとともに、製薬企業に対する薬価等の交渉力を保有しています。
VHTのパフォーマンス実績
2018年12月31日までのトータルリターン
バンガード社のファクトシートより、パフォーマンス実績をお示しいたします。VHTを検索された多くの方はご存知の通り、米国のヘルスケアセクターは優れたパフォーマンスを示すことで有名です。
ジェレミーシーゲル教授は、著書で国際分散投資を補完する戦略としてセクター戦略を提案しており、ヘルスケアセクター、生活必需品セクター、エネルギーセクターをオーバーウエイトするポートフォリオを挙げております。
製薬産業は研究開発が命
事業構造はハイリスク・ハイリターン
出典:平成29年版厚生労働白書より 管理人HIRA作成ここからは、個人投資家としての感覚に、国内医薬品市場の現場にいる営業マンとしての感覚を加味して、ヘルスケアセクターに対する持論を述べていきたいと思います。
結論から申し上げると、私はヘルスケアセクターの個別株を買うべきではないと考えております。その理由は、本セクターの大多数を占める製薬会社のビジネスモデルがハイリスク・ハイリターンであることに尽きます。景気循環の影響を受けにくいディフェンシブ銘柄であることと、事業構造が安定していることは、イコールではありません。別の議論だと私は思います。
製薬は高付加価値型の産業です。プロダクトは数多の特許で守られることにより、絶対的な参入障壁を生じます。原価率が課題となる業界ではありません。さらに蓄積される医薬品の有効性と安全性に関する医学的知見(エビデンス)がその価値を高め、市場に浸透します。
しかし、難易度がめっちゃ高いのです。
製薬では同業間のM&Aが活発です。主な目的は開発パイプラインの拡充ですが、その背景には研究開発の難易度が間違いなく存在します。
新薬の研究開発に時間がかかる
第1に、時間がかかります。医療用医薬品は着想から販売まで10年以上の時間を要するといわれております。新薬の開発パイプラインはタンカーのように小回りが利かず、途中で戦略的撤退、開発断念することはできますが、外部環境の変化に応じて、急な方針転換を図ることができません。
新薬の研究開発にお金がかかる
第2に、巨額の投資が必要になります。バイオテクノロジーの進歩は、バイオ医薬品をはじめとする新しいプロダクトを生み出すと同時に、医薬品の開発コストの高騰を招いております。
1製品承認されるための研究開発費は、2000年代~2010年代初頭には2,558百万USD(約2800億円, $1=110円)と10年前の2.45倍に増大しているといわれております(Journal of Health Economics, 47:20-33, 2016)。
フォーミュラリーや学会ガイドラインに採用されるために、医薬品の有効性と安全性を証明する大規模試験を実施し、他社品を上回る医学的知見(エビデンス)を蓄積しなければなりません。世界の製薬企業は研究開発費として毎年5000億円~1兆円を計上しております。これは各社 Sales の約15%に匹敵する投資額です。
新薬の研究開発の殆どは失敗する
第3に、失敗の確率が高いことが上げられます。新薬として上市まで至る成功確率は30,000分の1(=0.003%)といわれております(日本経済新聞 2016/11/16)。
常に"失敗する"可能性を孕んでいるのです。それが社運をかけた大型新薬候補でも、臨床研究の最終段階でこける、なんてことも少なくありません。医薬品を認可する米国食品医薬品局(FDA)や欧州医薬品庁(EMA)がリジェクトする例もあります。
もし開発断念に追い込まれたら。本来見込まれていた特許切れまでのキャッシュフローを全て毀損するとともに、莫大な研究開発費と、貴重な時間が、全て無に帰すこととなってしまいます。
グローバルメガファーマと外部環境
機会:バイオ医薬品は成長を続ける
2022年までの向こう5年間、医療用医薬品の市場は拡大を続けることが見込まれております。Evaluate のコンセンサス予測によれば、製薬業界は年平均6.5%で成長し、2022年までに1兆600億ドルに達すると予測されております。しかし、この成長は主に、既存薬(抗PD-1/PD-L1薬「オプジーボ」と「キイトルーダ」、ジョンソン・エンド・ジョンソンの「Darzalex(ダラツムマブ)」など)の成長と、新薬(サノフィ/ リジェネロンのアトピー性皮膚炎治療薬「デュピクセント」、ロシュの多発性硬化症治療薬「Ocrevus(オクレリズマブ)」など)の上市によるものです。2022年の売上上位100品目中52%はバイオ医薬品となり、スイス・ロシュが市場を主導すると見込まれております。
したがって、新興国における人口増加や高齢化による影響以上に、先進国における一部の超大型バイオ医薬品が市場を牽引するという構図が、正しい理解となります。新興国市場は薬価の安いジェネリック医薬品が中心となるからです。超大型バイオ医薬品の開発リスクが世界市場全体にまで影響を与え、今後も大きく変動する可能性があるのです。
限られた開発パイプラインに社運を賭ける個別株に投資するリスクが如何ほどか、感じていただけたらと思います。
出典:EvaluatePharma® ワールドプレビュー2017 2022年への展望 第10版 2017年6月(日本語版 2017年10月)
脅威:特許切れ、バイオシミラー
世界の医薬品市場における製品TOP10の推移を見ると、2005年は2製品、2015年は7製品がバイオ医薬品となっております。したがって、今後特許切れの山場を迎えるのは、現在の屋台骨となっているバイオ医薬品なのです。大型のバイオ医薬品が特許切れを迎える2017年~2022年には、続々とバイオ後続品(バイオシミラー)が市場を席巻することが見込まれており、判明しているだけで第3相臨床試験以降のプロダクトが30以上あるといわれております。
製薬企業の共通課題として、特許切れによるジェネリック医薬品、バイオシミラーの脅威による売上減少を最小化しつつ、現在保有する開発パイプラインを着実に進捗させ、新薬を創出し続けることがポイントとなっております。
バイオシミラーは、バイオ医薬品の本質であるアミノ酸配列は先行品と同一ですが、細胞株や培養工程は製造業者により異なることから、糖鎖や不純物の割合など先行品と完全には一致しないものの、厳格な品質試験、薬理試験、毒性試験及び臨床試験によって医薬品としての同等性/同質性が検証されています。
出典:バイオシミラー協議会
特許切れについては、以下の記事にまとめております。
医薬品企業の脅威...バイオシミラー、バイオ医薬品の特許切れ
製薬会社の社員はヘルスケアセクター個別株を推奨せず
ヘルスケアセクターETF(VHT)で分散投資を徹底したい
世界中の人々の健康に貢献するグローバルメガファーマを要する米国のヘルスケアセクターは、素敵な投資先だと思います。圧倒的なバイオテクノロジーの技術水準をもって新薬を創出できる国は限られております。米国はその筆頭です。しかし、製薬企業における最大のリスクである、開発リスクを正しく理解し、投資が出来ている個人は、ごく僅かだと感じております。景気循環の影響こそ受けませんが、全く別次元の戦いをしているのが製薬企業です。
正直に申し上げると、製薬会社の社員にとっても、自社品の開発は未知数であり、驚かされることが多々あります。新規領域参入に向けて動き始めたと思ったら最後の臨床試験で失敗した。競合品参入の対策を練っていたら、承認申請を当局にリジェクトされ、防衛策そのものが不要になった。どんでん返しは開発で起こるのです。
したがって、私が経験から申し上げられることといえば、開発失敗は頻発するので、個別株の投資を行わないこと。業界全体に分散投資していただければ、ヘルスケアセクターの果実、バイオテクノロジーの果実を、享受できるのではないかと考えます。社員でも自社の未来すら評価し得ないのです。
また機会があれば、グローバルメガファーマ各社の既存薬の将来予測、開発パイプラインとリスクと価値について、述べたいと思います。
ご覧いただきありがとうございました。
VHT, XLV, IXJの比較は、以下の記事にまとめております。
ヘルスケアセクターETFを比較...保有銘柄と経費率でみる
VHTの保有銘柄については、以下の記事にまとめております。
上位50銘柄を一覧してみよう